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株式会社ぱど代表取締役社長 倉橋 泰氏が考える黒字経営5つのポイント その2

経営情報マガジン「社長25h」 更新:2009.02.24(火)

株式会社ぱど  代表取締役社長倉橋 泰氏

ギネスブックにも認定されている「フリーペーパー発行部数世界一」の記録を誇る「ぱど」。1987年の創業から約20年。倉橋泰代表取締役社長は「いつも土壇場、常に修羅場、まさに正念場」とこれまでを振り返る。土壇場、修羅場、正念場になる基準は何か。もちろん「利益が出ているか=黒字化」にほかならない。「ぱど」の発刊から上場して現在に至るまでに得た経営上の気づきについて、倉橋氏に話を聞いた。 (この記事は、「25時間戦う!!社長の"黒字経営"マガジン『社長25h』2008年9月号に掲載された記事の一部をBSL会員向けに再掲載したものです。)

株式会社ぱど 代表取締役社長倉橋 泰氏が考える黒字経営5つのポイント その2
「社長は自分にしかできないことをやれ! 人がやれることは 60点の仕上がりでも任せてみよう!!」

―「ぱど」創刊のために副社長に『直訴』したわけですね。事業を何が何でもやりたかったら、思い切った行動をとることが大事なのですね。

そうなんです。思い切った行動なら、ほかにもありますよ。 「ぱど」創刊の次の年に社長が亡くなり、社長が交代したときには「本業とのシナジー効果がないから『ぱど』をやめろ」と言われました。そのときも、社長の家まで直談判に行ったのですが、居留守を使われ、会ってくれませんでした。 それでも、社長宅の車の前で5時間待って粘りましたね。ちょうど社長のお嬢さんが家に入るとき、一緒だったお孫さんが「おじいちゃん、ただいま!」と言ったので、すかさず後ろに続き、社長に会って話を聞いてもらいましたよ。

─「『ぱど』をやめろ」と、社長から言われたということは、発刊後の苦労が絶えなかったのですね。

創刊前のマーケティングリサーチでは上々の結果が出て、自信満々の船出でした。「ぱど」の創刊号は広告がたくさん入りましたし。でも、結局は「ご祝儀」なんですよね。2号目からは広告がぴたっと減りました。 1号当たりの発行経費が1000万円なのに、売上が300万円。週刊誌なので、1日当たり100万円の赤字を出しているわけなんですよ。発刊当初「赤字が4億円になったらやめる」と言っていたので、単純計算で1年後には3億6500万円の赤字が見込まれていました。 赤字のプレッシャー、焦りと不安から毎晩ぐっしょりと寝汗をかいたものです。シーツにピンク色の人の形が浮かび上がったときは「血の汗をかいた」と驚いたものです。

─そんな修羅場から立ち直ったから今があるわけですが、何かきっかけや決断があったのですか?

万策尽き、京都のお寺に行って座禅を組んでいろいろと考えたとき、私はひとつの決断をしました。「すべて抱え込まず、自分にしかできないことをやろう」と。

─それまでは何でもこなしていたわけですか?

編集、営業、配布、すべてにタッチしていました。編集の仕事をしていると、営業が気になり、営業の仕事をすると配布が気になったものです。毎週土曜日には出張校正に行っていましたし、チラシの仕分けも一緒にやっていましたよ。作業をしていると、仕事をした気になれましたからね。

─決断した「自分にしかできないこと」とは?

広告塔になることです。決断をする以前に雑誌の取材を受け、その後、その記事を読んだ別のメディアから取材の依頼が来たことがありました。「これだ!」と思い出しましたね。雑誌や新聞の記事に載るほうが、広告を出すよりずっと効果があります。この役割に徹しようと決めました。

─それ以後、ほかの業務は人に任せたのですね。

そうです。編集長の肩書きも、編集の主任に譲りました。人がやれることは、60点のできでも任せてしまおうと決心しましたよ。

(仕事を部下に譲った倉橋 泰氏が陥った次のジレンマとは?株式会社ぱど 代表取締役社長倉橋 泰氏が考える黒字経営5つのポイント その3へ続く)

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プロフィール

株式会社ぱど  代表取締役社長倉橋 泰氏

株式会社ぱど 代表取締役社長  
倉橋 泰氏(くらはし ひろし)
1977年、(株)荏原製作所に入社。85年、荏原製作所内に社内ベンチャーとして「ぱど準備室」を開設。1987年8月に(株)ぱどを設立、同年10月に情報誌「ぱど」創刊。92年6月にMBOにより代表取締役社長に就任。2001年には発行部数1000万部を達成し、フリーペーパー業界で発行部数世界一となりギネスブックに登録。01年ナスダック・ジャパン(現 ヘラクレス)へ上場。

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